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第39番札所 赤亀山 寺山院 延光寺 しゃっきざん じさんいん えんこうじ
2012/03/19 13:31:32瀏覽185|回應0|推薦0

39番札所 赤亀山 寺山院 延光寺しゃっきざん じさんいん えんこうじ)

薬師如来 / 真言宗智山派 / 行基菩薩

オン コロコロ センダリ マトウギ ソワカ

南無薬師諸病悉除の願こめて 詣る我が身を助けましませ(なむやくし しょびょうしつじょの がんこめて まいるわがみを たすけましませ)

788-0782高知県宿毛市平田町中山3900880-66-0225

前札所:第38番札所 金剛福寺55.1km/次札所:第40番札所 観自在寺29.8km

徒歩:金剛福寺足摺岬以布利伊豆田峠四万十川橋際寺山口延光寺

高知県交通バス:足摺岬土佐中村(1時間33分)、高知県交通宿毛行:土佐中村平田(寺山口)(35分)、下車後徒歩(1km

土佐くろしお鉄道中村駅下車。足摺岬行きバス1時間30分(終点下車)。徒歩5分。

宿坊100人(3800円)、要予約

延光寺の歴史・由来

土佐路の西南端、「修行の道場」最後の霊場である。
現在の山号、寺名の由来にかかわる竜宮城の縁起からひも解こう。時代は平安中期、延喜11年(911)のころ、竜宮に棲んでいた赤亀が背中に銅の梵鐘を背負ってきたという。僧たちは早速これを寺に奉納して、これまでの山号、寺名を「赤亀山延光寺」に改めた。この梵鐘には、「延喜十一年正月」の銘が刻まれ、総高33.6cm、口径23cmの小柄な鐘で、明治のはじめ高知県議会の開会と閉会の合図に打ち鳴らされていたともいわれ、国の重要文化財に指定されている。

縁起を寺の起源にもどそう。神亀元年に行基菩薩が聖武天皇(在位72449)の勅命を受けて、安産、厄除けを祈願して薬師如来像を彫造、これを本尊として本坊のほか十二坊を建立したのが開創とされている。当時、薬師如来瑞相にちなんで亀鶴山、院号施薬院、寺名宝光寺また、本尊胎内には行基菩薩感得したという仏舎利秘蔵したとえられている
弘法大師がこの寺を訪ねたのは延暦年間(782805)で、桓武天皇(在位781806)の勅願所として再興、日光・月光菩薩像を安置して、七堂伽藍を整えた。このとき大師が錫杖で地面を突いて湧き出た霊水が、今日に伝わる「眼洗い井戸」である。

延光寺の見どころ

眼洗い井戸

本堂右手。大師「宝医水」づけ、眼病にもくとされ、眼りをしている遍路さんが

延宝8年(1680)建立石碑

江戸前期。36四国遍路をした高林玄秀石碑。

大赤亀の石像

竜宮城伝説を象徴しており、赤い大きな亀が背中に鐘を乗せた姿をしている。仁王門をくぐった右手にある。

延光寺の年中行事

節分会

日時:23

厄除祈祷会

日時:2月初午

縁日大祭

日時:旧321721

( 興趣嗜好其他 )
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引用
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