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| 2026/06/14 16:40:58瀏覽8|回應0|推薦0 | |
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テレビ連続ドラマ 『台湾水利先駆者 八田與一と外代樹夫妻』21 20回】 1、日劇 △烏山頭ダムの竣工式は、丘の上から見下ろすと、湖面いっぱいに水が広がり、珊瑚潭の上でゆらめいている。招待された各界の来賓や、近隣の町や郡から見物に集まった人々が多数参加し、日本人二千人、台湾人六百人という盛大な規模であった。烏山頭出張所前広場の両側には複数の舞台が設けられ、一方では大規模な集団舞踊や花火が行われ、もう一方では提灯行列、映画上映、台湾の布袋劇、歌仔戲などの野外芝居が上演されていた。広場の周辺には綿菓子や焼きトウモロコシなどの伝統的な軽食を売る屋台が並んでいる。 △外代樹は前年に生まれたばかりの第五女・玲子を抱き、與一とともに人々の中を歩いている。通りすがる人々は皆、自ら進んで八田夫妻に挨拶し、夫妻も一人ひとりに丁寧に礼を返す。やがて二人は人混みの少ない湖畔へと歩き、広大な珊瑚潭の水面が視界に入る。 與一:(感慨を込めて)「妻よ、ついに嘉南大圳とこのダムを完成させた」 △人混みの中から林信義と米雅夫妻が娘を連れてやって来る。 林信義:「所長、奥さま、やはり湖畔を散歩していたのですね」 2、日劇 △八田與一は林信義を連れて、曾文溪流域のある農家を訪ねる。 林信義:(台湾語で)「私たちを覚えていますか?十年前、このあたりで水をくださいとお願いした者です」 3、日劇 △八田與一と外代樹は7人の子供を連れ、3台の人力車に分乗して西門町有楽巷の林信義宅に到着し、與一が呼び鈴を押す。 米雅:(扉を開けて)「所長と奥さま、それに正子ちゃん、晃夫ちゃん、綾子ちゃん、ようこそいらっしゃいました」 △羅満妹と林友吉が家の中から出てくる。 外代樹:「林夫人、お元気ですか」 4、日劇 △林信義が八田一家を満妹の菜園へ案内する。 林信義:「水生兄さん、阿操さん、八田所長と奥さまが来ました。来成も手伝って」 外代樹:「来成、こんなに背が伸びたのね」 ※昭和6年、台北市幸町第一号の総督府官舎が完成し、八田一家はそこへ移った。 5、日劇 ナレーション:八田與一はこの年11月に設立された「台湾水利協会」の設立に参加し、設立後も亡くなるまで幹事を務め、通算12年間在任した。 △参加した技師全員が広場に集まり、集合写真を撮影する。背景には「台湾水利協会設立大会」の横断幕が掲げられている。 【第20回】 6、日劇 1、昭和20年(1945年)5月8日 △映像:烏山頭ダムから溢れ出る水が、蜘蛛の巣のように張り巡らされた嘉南平原の水路を通って流れ、灌漑し潤している。五月初め、稲はちょうど穂を出し始め、そよ風が稲の波を揺らしている。 △この日は八田與一が逝去して三回忌にあたる日である。烏山頭ダムのそばにある八田與一の墓園には、赤堀信一所長と技師長・宮地末彦、大圳組合の技師・中島力男や林信義ら、理事の林蘭芽・袁國欽ら数名、さらに生前の八田の有力な部下であった蔵成信一と秀子夫妻、八田外代樹および泰雄・成子・鈴子ら遺族が集まり、共に焼香して追悼を行う。 △外代樹、蔵成信一、秀子、林信義は八田與一の銅像の前に立ち、合掌して黙祷する。泰雄は一束の花を父の墓前に供える。 外代樹:「與一、今日はあなたの三回忌です。あなたの友人の信一や信義、そしてあなたが最も信頼していた赤堀所長や宮地技師、組合の理事たちも焼香に来てくれました。私も子どもたちも、とてもあなたを恋しく思っています。」 信一:「與一先輩、信一が来ました。あなたと共に築いた烏山頭ダムと嘉南大圳は、今もあなたの足元にあります。皆があなたを偲んでいます。特に嘉南平原の農民たちは、この今日の豊かな姿があなたの一貫した努力の結果であることを知っています。」 林信義:「兄さん、あなたが内地留学を勧めてくれなかったら、私は今でも西門町の菜園で鍬を担いでいたでしょう。あなたの恩は忘れません。あなたが亡くなった後、私は何をすべきかを理解しました。嫂さんと子どもたちを必ず守ります。」 宮地:「八田長官、あなたはこの世を去られましたが、私と赤堀所長には、あなたの魂が今も烏山頭に留まり、このダムを見守り続けているように感じられます……。」 △信一と信義はダム堤防へ向かい、青い湖面と湖中の小島を見つめる。 信一:「私たちの世代の青春は、すべて嘉南平原に捧げられました。」 林信義:「そうですね。蔵成技師。八田さんに導かれてこの地に来て、今こうして彼がいなくなった後も、このダムと嘉南大圳が彼を思い出させ続けています……。」 7、日劇 時:昭和20年(1945年)8月16日 正午近く △外代樹が台所で食事の準備をしている。鈴子と成子が手伝っている。泰雄は居間で新聞を読んでいる。 △食器棚のラジオから、天皇の終戦の詔勅を受けて放送された安藤利吉総督の声が流れる。 安藤:「台湾全住民は軽挙妄動を慎み、今後の措置を静かに待つように……」 △放送が終わると、泰雄は立ち上がり台所へ向かう。 泰雄:(厳しい表情で)「母さん、台湾総督府は台湾と澎湖列島の放棄を発表したよ」 △外代樹は唇を噛み、黙ったまま食事の準備を続ける。 成子:「お兄ちゃん、私たちは台湾を離れるの?」 泰雄:「たぶんね。日本へ引き揚げることになるだろう」 外代樹:(独り言のように)「台湾を離れる……?ここが私の家なのに。どこにも行きたくない」 泰雄:「父さんと母さんの故郷、金沢に戻るんだよ」 外代樹:(窓の外の空を見ながら)「私はあなたたちの父親と、人生の大半をここ台湾で過ごしたの。こここそが私の故郷よ」 泰雄:「でも母さん、きっと方法はあるよ」 鈴子:「お兄ちゃん、いつ日本に帰るの?」 泰雄:「早ければ一、二ヶ月以内かもしれない」 外代樹:「泰雄、私はここを離れない」 泰雄:「でも台湾にはもう日本人の居場所はないかもしれない。戦争に負けた以上、帰国は避けられないよ。金沢には親戚もいるし、家もある。僕は東京の晃夫兄さんに手紙を書くよ」 外代樹:(強い口調で)「私はどこにも行かない。台湾以外には行きたくないの」 泰雄:「母さん、そんな無理なことを……」 外代樹:「あなたたちだけ日本へ帰りなさい。私はここに残る」 泰雄:「でも母さんを一人残すなんて……」 8、日劇 時:昭和20年(1945年)8月16日 午後 △泰雄、鈴子、成子の三人が書斎で話している。 泰雄:「どうすればいいんだ……母さんは日本へ帰る気が全くない」 鈴子:「母さんは台湾を離れたくないのよ。お父さんが作った烏山頭ダムへの思いがあるから」 成子:「他に方法がないなら、母さんを説得するしかないわ。林信義おじさんなら、父さんの一番の信頼者だから、きっと力になってくれる」 泰雄:「そうだね。まずは林おじさんに相談してみよう。母さんは今、戦争の敗北で心が乱れている。僕たちができるのは、母さんを支えることだ」 鈴子:「お父さんが亡くなってから三年、母さんは一度も笑っていないの。そこへさらに台湾を離れるなんて……」 成子:「お兄ちゃん、早く林おじさんのところへ行こう」 9、日劇 時:昭和20年(1945年)8月18日 △泰雄と林信義(46歳)が対面する。林信義は卵の籠を持って訪れる。 林信義:「泰雄、お母さんは?」 泰雄:「母は妹たちと出かけています。父の墓参りかもしれません。ちょうどよかったです、私もお会いしたかったのです」 林信義:「そうか、偶然だね」 泰雄:「どうぞお入りください」 △和室で向かい合い、泰雄が茶を出す。 泰雄:「総督府が台湾在住の日本人を全員引き揚げさせる件ですが、母はどうしても烏山頭を離れたくないのです」 林信義:「気持ちはよく分かる。昨日も理事たちと水庫補修の件を話し合ったが、重要技術者は残すべきだという意見で一致した。赤堀所長と宮地技師長も同意している」 △泰雄は突然頭を下げる。 泰雄:「どうか母の件をお願いします」 林信義:(慌てて)「やめなさい、男が頭を下げるものではない。君の父・八田の功績は誰も忘れていない。彼の事業はあなたの母の支えがあってこそ完成したのだ。だから彼女が残りたいというなら、我々は必ず協力する」 10、日劇 時:昭和20年(1945年)8月20日 午後 林信義、袁國欽(40歳)、林蘭芽(42歳)、赤堀信一所長(40歳)、宮地末彦技師長(38歳) 林信義:「戦後の引き揚げに際し、八田夫人と子どもたちは台湾に残りたいと希望しています。人道的観点と、八田所長の功績を考慮し、残留を認めていただきたい」 赤堀:「八田長官の功績は大きい。ご遺族の希望を支援する必要があると考えるが、皆さんの意見はどうか」 袁國欽:「同意します」 宮地:「さらに水庫維持のためにも、重要な技術者は残すべきです」 赤堀:「その通りだ。では林君、関係各方面に陳情書を提出しよう」 林蘭芽:「承知しました。地元の有力者と連名で提出します」 赤堀:「手続きは君に任せる」 11、日戲 時:昭和二十年(1945年)八月二十五日午後 △烏山頭水庫一帯は雨が降っている。 △林信義が八田與一の官舎にやって来る。出迎えたのは成子である。 成子:「林おじさん、どうぞお入りください。」 △成子は林信義の黒い傘を取り、玄関に掛ける。 泰雄:「おじさん、どうぞお掛けください。」 △二人は客間に入り、泰雄は座布団を用意して林信義に座らせる。鈴子は林信義と泰雄にお茶を出す。 鈴子:「林おじさん、お茶をどうぞ。」 林信義:「泰雄、水利組合の理事たちの話では、君たち一家は烏山頭を離れなくてもよいとのことだ。すでに政府機関へ陳情書を提出したので、君たちはここに留まれるはずだ。」 泰雄:(頭を下げながら)「叔父さん、私たち八田家のために、各所を奔走してくださり、本当にありがとうございます。」 林信義:「そんな他人行儀なことを言うものではない。この二十数年、八田所長は私たち部下を至れり尽くせりで支えてくださった。所長がいなければ今日の私たちはない。部下として当然のことをしているまでだ。」 鈴子:「母は父の墓参りに行っております。」 林信義:(やや驚いた表情で)「外は雨だというのに、奥様が墓参りに……」 成子:「このところ母は、時間があれば必ず父の墓へ行きます。何も語りませんが、何か決心をしたような気がいたします。」 林信義:「もしここに留まれることになったら、君たちはできるだけお母さんの元気を取り戻すようにしてあげなさい。」 泰雄:「叔父さん、分かりました。」 12、日戲 時:昭和二十年(1945年)八月三十日午後 △ラジオから台風接近のニュースが流れている。 △外代樹、泰雄、鈴子、成子の四人が台風対策の準備に追われている。泰雄は屋根の上で瓦を修理し、外代樹は窓の点検をして雨漏りを防ぎ、鈴子と成子は庭の草木の整理を手伝っている。 外代樹:「成子、急ぎなさい。台風がもうすぐ来るわ。」 外代樹:(鈴子に向かって)「鈴子、その鉢植えを玄関へ運びなさい。それから鶏を小屋へ入れるのよ、分かった?」 外代樹:(屋根を見上げて)「泰雄、足元に気をつけて。滑らないようにしなさい。」 外代樹:(成子に)「あなたの父さんが生きていた頃は、こうした台風対策は全部あの人一人でやっていたのよ。」 外代樹:(笑って)「成子、父さんは亡くなってしまったけれど、今でも一緒にいるような気がするの。」 外代樹:(黒い雲を見上げながら微笑む)「そうね。父さんはずっと私たちと一緒にいるのよ。」 13、夜戲 時:昭和二十年(1945年)八月三十日深夜 △外代樹は寝室の机で手紙を書いている。まだ眠れない成子が、寝ぼけ眼でその背中を見つめている。 成子:(布団から起き上がって)「母さん、こんな遅い時間なのに、まだ寝ないの?」 外代樹:(机から振り向いて)「成子、まだ起きていたの?」 成子:「母さん、手紙を書いているの?」 外代樹:「ええ、あなたのお兄さんやお姉さんたちに手紙を書いているのよ。」 成子:「母さん、早く休まないと体を壊してしまうよ。」 外代樹:(机の方へ顔を戻しながら)「はいはい、分かっているわ。あなたも早く寝なさい。」 14、日戲 時:昭和二十年(1945年)八月三十一日 △泰雄は机で本を読んでいる。成子が茶を運んでくる。 成子:「二哥、お茶をどうぞ。」 成子:「兄さん、昨夜、母さんが夜中に机で手紙を書いているのを見たの。でも、何だか少し変だった気がするの。」 △成子は机に身を寄せる。泰雄は本を机に置く。 泰雄:(顔を上げて)「母さんが夜中に手紙を書いていた?」 成子:「ただ兄さん姉さんに手紙を書いていると言っていたけれど、あんな時間だから少し変だと思ったの。でも深くは聞かなかった。」 泰雄:(湯呑みに手を伸ばしながら)「うーん……夜中に手紙を書くなんて確かに変だな。それに、そんな習慣は今まで一度もなかったはずだ。母さんはいったい何を考えているんだろう……」 15、朝の場面 時:昭和二十年九月一日午前六時 △台風上陸前、嘉南地方は暴風雨に見舞われ、雨粒が八田与一の官舎の扉や窓を激しく打ちつけている。外代樹は八田家の家紋が刺繍された和服を身にまとい、与一の官舎の書斎に座っている。遺書「夫を慕い、私は後を追います」を書き終え、数通の遺書をそれぞれ封筒に入れ、机の上に置くと、立ち上がって部屋を出て行く。 △ナレーション 16、朝の場面 時:昭和二十年九月一日午前五時頃 △外代樹は放水口の真上へと歩み寄り、木製の下駄を整えて置き、両腕を胸の前で抱える。そして小さく「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」と唱える。 △背景音楽:主題歌「来世願作你的妻」 外代樹:「与一、私の夫よ。私は外代樹。あなたがこの手で築いた烏山頭貯水池を、永遠に守り続けます……」 △外代樹は放水口へ身を投じる。激しい流水音が響き、烏山頭は暴風雨に包まれる。 17、日中の場面 時:昭和二十年九月某日 △中川曉月は長い間、八田与一の銅像を見つめ続ける。手にした白百合を与一と外代樹の墓前に供える。 曉月:(合掌)「兄さん、姉さん、会いに来ました。」 △阿部は遠くから、祈りに集中する中川曉月を見つめている。その表情には、何かを失ったような寂しさが漂っている。 |
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| ( 創作|連載小說 ) |













